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【中東】・・・ペルシャ湾の三島はイランの領土

 
2013/09/11(水曜) 23:02

イラン外務省、「ペルシャ湾の3島は、イランの領土」

イラン外務省のアフハム報道官が、サウジアラビアで開かれたペルシャ湾岸協力会議の外相会合の声明で提示された主張は、イランの内政干渉であり、不当なものだ、としました。

 

 

 

アフハム報道官は、11日水曜夕方、ペルシャ湾に浮かぶイランの3島に関するペルシャ湾岸協力会議の外相会合の声明に反発し、「イランは依然として、大トンブ、小トンブ、アブームーサーの3つの島の完全な領有権を強調する」と述べました。

さらに、「3つの島に関するすべての措置は、常に、イランの領土保全、主権の原則に基づいてとられている」と強調しました。

また、イランの平和的核活動について、「この活動は完全に透明なものであり、国際法規に一致し、IAEA国際原子力機関の規定の枠内で行われているものだ」と語りました。

アフハム報道官は、近隣諸国の善意、相互尊重、他国への不干渉の原則に従うイランの外交政策を強調し、「イランは地域の国民の利益の保障と、関係の強化の枠内で、ペルシャ湾地域の近隣諸国との友好的な対話を歓迎する」と述べました。<引用 iran Japanese Radio


【参考】

ペルシャ湾のイランの島々に関する研究書

 

ペルシャ湾に浮かぶアブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島は昔からイランの領土であり、18世紀と19世紀にイラン南部・ファールス州の一部として直接イランに統治されていました。これらの島に対するイランの統治権を証明するものは、正式な文書や歴史文書、航海案内書や年鑑、日記、政治的な地図など、インドやイギリスの外交機関の公的な記録や報告、及びイランの昔からの様々な文書に繰り返し見られています。

そうした中で、19世紀の終わりに、ペルシャ湾地域でのロシア、ドイツ両国との戦いが激化し、これらの国と同盟を結ぶ可能性があるという立場を示したことは、この地域に関するイギリスの政界の大きな懸念を引き起こしました。イギリス政府は敵国を遠ざけるため、ホルモズ海峡に近いイランの戦略的な島を統制下におき、自らの保護下にあるアラブ勢力がこれらの島々の所有権を持っている、と主張しましたこれに対しイラン政府は、歴史的な権利を回復するためには、自国の領土に対する根拠のない不当な占領に対して継続的かつ執拗に抗議するしかありませんでした。イランは1923年にもこの問題の国際連盟の付託(ふたく)を試みました。1968年に、この3つの島を巡るイランとイギリスの2国間協議が行われ、ロンドン、テヘラン、ニューヨーク、さらには他の都市でもこの問題が追求されました。

3つの島に関するイランとイギリスの協議が行われたことから、イギリスはペルシャ湾岸の首長国の保護国としての役割を持っていたことが明らかになっています。なぜなら前述の首長国は国際法の観点からイギリスの絶対的な支配権のもとにあり、自身の権利を持たなかったからです。しかし、イランは常に、地域における平和と協力関係の実現に寄与するため、友好的に問題を解決するよう求めています。3つの島のイランの領有権を証明するひとつの方法に、歴史的文書や国際文書を参照することがあります。イラン人研究者は研究・調査において、この島々が古くからイランに統治されており、一部の人々や国が起こしているこれらの島の領有権争いが、法的、歴史的に根拠がないことを示す証拠を手に入れました。

イランがペルシャ湾に浮かぶアブー・ムーサー島、大トンブ島、小トンブ島の領有権を有することに関して、昔から残っている歴史書や地図のほかに、多くのペルシャ語論文や著作が存在します。それらの中で、アスガル・ジャアファリー・ヴェルダーニー氏の著作、『アブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島に対するイランの領有権の法的な根拠』、『アブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島の歴史的な展望』の2冊をあげることができます。また『ペルシャ湾のイランの島々:アブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島』や、『ペルシャ湾のアブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島の地政学と歴史』という著作が、ピールーズ・モジュタヘドザーデ博士によってしるされています。

この分野に関する重要な著作のひとつに、ナギー・タバルサー博士が著した『アブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島に対するイランの統治』があります。この本のページ数は900ページにも及び、イラン外務省の外交歴史文書センターから出版されています。

ナギー・タバルサー博士の著作が出版されたことは、イランの外交関係史の研究と展望において、大変重要な意味を持っています。この著作に一通り目を通せば、多くの著作とは逆に、この著作の執筆が学術的、または事務的な義務を超越した作業であったことが明らかです。

この著作の内容は、イランの国家の統治権と領土保全の2つが混ざった内容となっており、そのためにこの著作は、ほかの本と比べて倍以上の重要性を持っています。タバルサー博士によって初めて取りあげられた文献の量や研究の豊かさは、その研究手法もさることながら、ほかの研究書に比べて非常に優れた著作であることを示しています。

この著作ではイラン国内外の古文書アーカイブに保存されていた70枚以上の文書と15枚の古地図が初めて掲載され、興味を持つ人々に読まれています。この著作では、アブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島に対するイランの統治の推移と、その紆余曲折が、外交、法律、政治、軍事的な側面から、年代的な形式とテーマ中心の形式という2つの形式で検討されています。イラン外務省が所有する文書のような古文書を、簡単にかつ一般的に参照できないため、この本の出版は、重要性の高い出来事なのです。1887年のアブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島のイランの直接統治の実施、イランの当時の政権が弱体化したことが原因で発生した、1903年のアブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島の3つの島のイギリスによる占領、アラブ首長国連邦の発足を控えた1971年のイラン軍によるこの3つの島の奪回、イスラム革命により3つの島に再びイラン国旗が翻ったことなどが、この著作の中に掲載されています。

この著作の第1章は、「領有権という概念の基本」、「領有権問題と国際的裁判の司法政策」の理論的な研究について記述されています。ある博士論文における、このような正確で技術的な内容が必要であるとともに、この著作ではそれが簡潔にまとめられていることも重要です。第2章から4章にかけては、出版されていない第一次資料と、ペルシャ湾岸の過去の歴史を、歴史の中での3つの島の地理的な状況、そして3島で1887年までに発生した一連の事件における「ガワーセム」と呼ばれる一族について調査されています。この調査では、この3島がイランに所属する歴史的な背景と経緯について、大変よく説明しています。

タバルサー博士は、これらの章で様々な時代、特にイギリスによるペルシャ湾の植民地支配時代の前に、地域のアラブ人の首長たちがイラン中央政府の保護下にあり、イランに対して税金を納めていた、としています。これらの章におけるタバルサー博士のもっともすばらしい業績は、1886年に描かれた、イギリスの正式なペルシャ湾地域の地図という貴重なものを本の中で掲載・出版したことにあります。この地図はイギリスで言うとヴィクトリア女王時代、イランで言うとナーセロッディーン・シャーの時代の1888年、当時のイギリス外務大臣をつとめた、ソールズベリー侯から、イランのガージャール朝政権に進呈されたものでした。この地図では何の疑いもなく明確に、アブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島がイランの領土の一部であるとされているのです。

第5章では1887年から、イランの3つの島をイギリスが占領する1903年までの16年間が取り上げられています。この時期はこの3島がイランの領土であることに疑いを持つ人はほとんどいませんでした。6章では1903年から1971年まで続いた、イギリスによる3つの島の軍事的占領について取り上げています。この時代においても、イランは決していぎりすによるこの占領を正式に認めず、イギリスの占領行為に対して繰り返し抗議してきました。また、この著作では1971年の3島の領有権のイラン返還をめぐる情勢について、詳しく記述されています。数十年間の弱体化の後、イラン政府は、この3島に対するイランの統治権を証明することに成功しました。

タバルサー博士は、イラン国民の利益は明白なものであり、統治する体制が変化しても、主権を守るためのイラン国民と政府関係者の意思が変わらず、そして今後も変わらない事実について見事に記述しています。文書や地図に加え、ペルシャ湾、とりわけ3つの島の歴史をうかがわせる写真は、この著作の充実した内容のために、目に留まるのです。

タバルサー博士はこの著作を自らの博士論文として執筆し、ほかの著作との違いについて、次のように語っています、「私はこの島々に関する法的、歴史的な側面と、イランが実際に持っている権利に依拠して、この島々の統治権と、この島々の近年の変化の2つのテーマについて、明白な方法で調査を行った。この著作は、この島々に関する歴史的な資料や文書に基づいた見解を有しており、イラン、イギリス、アラブ首長国連邦の見解を裏付ける証拠を研究対象としている。また、地図など、特に1886年に製図された地図は重要な資料であり、この著作の執筆に当たり利用された」。

また、タバルサー博士は、とりわけアブームーサー島、大トンブ島、小トンブ島の3つの島々に対するイランの合法的な領有権に関する世論を明確にするため、この著作を記し、イランの知性ある偉大な人々に本書を進呈することは、自分にとって大変な誇りである、としています。<引用 iran Japanese Radio 2012/08/02


 

 

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