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おまんまの食い上げ

つや姫5年目/ブランドの定着へ正念場だ
 「つや姫ブランドの全国定着を図り、コシヒカリ以上の価格ポジションを確立して日本一の評価獲得を目指す」
 山形県産米「つや姫」がデビュー5年目を迎える。県と生産者、集出荷団体などでつくる山形つや姫ブランド化戦略推進本部は、本年度から3年間を評価定着への正念場と位置付ける。
 推進本部は先日、2015年産の県内作付面積を、本年産より約1割拡大し7400ヘクタール程度と決めた。
 10%以上の増産は3年ぶりで、背景には生産者の強い作付け意欲と好調な販売状況がある。品質とブランド力向上のため、ここ2年間は前年並みに抑えており、満を持して攻めの姿勢に転じたといえる。
 山形県によると、スーパーなどでの店頭価格は、5キロ3000円を超える新潟県魚沼産「コシヒカリ」が群を抜く。つや姫は北海道産「ゆめぴりか」とともに2300~2500円前後で2番手グループを形成する。
 販売業者などは県の聞き取り調査に対し、現在流通する13年産の販売量は前年に比べて伸びているとの認識を示し、「このままの価格で販売できるかどうか、真価が問われる重要な時期を迎えている」と指摘する。
 販売促進対策では、話題性が低下しているとして、差別化商品を求める意見があった。
 ブランド化には、安定した品質、食味の良さを維持しながら、価格と販売量のバランスを取り、新たな需要開拓にどう取り組むかが重要となる。
 つや姫の特長は、コシヒカリをしのぐ甘味、粘り、炊き上げた際の白さにあり、「冷めてもおいしい」とされる。評価を上げてきた要因の一つは、一貫した生産、出荷管理だった。
 生産者認定制度、農薬や化学肥料を抑える特別栽培と有機栽培での限定生産、食味を損なうタンパク質含有率を6.4%以下に設定するなど、出荷仕分け基準も徹底してきた。
 推進本部の会合で、実績を評価する一方、産地によって品質、食味に若干のばらつきがあると指摘される現状から、作付面積拡大に伴って管理体制の強化を求める声が相次いだ。
 販路拡大では一般消費者に加えて、コメにこだわる料理店、旅館・ホテル、中食事業者がターゲットになる。業者も求める差別化商品として位置付けるのが「プレミアムつや姫」だ。
 現在六つの農協、生産者団体が手掛ける商品の総称で、名前は「厳選つや姫」「つや姫名人」などを使う。品質もタンパク質を基準の一つにする場合、5.5%から5.8%以下と違いがあり、統一感はない。
 推進本部は「プレミアムつや姫を魚沼産コシヒカリに並ぶトップブランド米として育てる」と、新たな産地育成も掲げる。しかし、分かりやすい産地名ではなく、名称も品質基準も異なる商品が消費者に広く認知されるかどうかは未知数だ。
 これまでの取り組みが順調だっただけに、「プレミアム」にはさらに戦略が必要だろう。
<引用 河北新報 社説 2014年08月17日>
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<らくがき>
かいつまんで書けば筆者はつや姫の「プレミアム」の戦略が必要だといっている。米を商品として見る風潮は世の流れ。農水省も力を入れているのは事実だから、そう考えるのは当たり前のように見えるが、この思考は正しいのか甚だ疑問だ。

あなたはおいしいご飯を食べたことがありますか。

いまさらながら、米は土と水で育つ。そこにさらに影響を与えるのが気候と風土となる。宮城米に「ササニシキ」という品種の米がある。今では米国産の「ササニシキ」も存在する。

宮城県の田んぼと米国の田んぼの土は同じか、気候風土は同じか。全く異なるはずだ。品種としては同じかもしれないが、米の味は異なる。同じ宮城県でも南部の田んぼで作られたササニシキと北部大崎平野で作られたササニシキでは味が違う。さらに突き詰めれば、大崎平野の中の旧鹿島台町(現大崎市)のササニシキと旧一迫町(現栗原市)のササニシキでも味が違うのだ。旧鹿島台町のササニシキは品井沼を干拓した肥沃な土で育ち、旧一迫町のササニシキは迫川の清流で育てられた米なのだ。すでに同じ「ササニシキ」といえども味が異なる。本当においしい米は生産者自身が自ら食している。それを分けてもらって食べていたから書いている。流通している米は地域ごとにブレンドされているから、すでに味の均等化が図られて質は落ちる。それでも県内産ササニシキは流通米の一定水準以上の味がする。

ブランド化は多くの人に食べてもらって「おいしい」という評価でしかない。しかし、相対評価で自分たちがいつも食べている米よりも「おいしい」ということでしかない。

社説ではプレミアムをつける戦略が必要といっているがそれは欲張りである。その前に、日本人は米の炊き方を見直さなければならない。電気炊飯ジャーなどでうまい米が炊けるわけがない。製作過程の実験で使った米用の電気炊飯ジャーでしかないのではないのかと怪しんでいる。ガス炊飯器も同じだ。ここに、便利さを求めた近代文明の落とし穴がある。よい米と炊飯方法がマッチしておいしいご飯になる。米が変われば炊き方を変えなければならない。日本人の米離れといわれた時期がある。まずいご飯を食べていれば当然の結末である。

日本人の大人が米の炊き方を知識として持っていても実践できなくなっている。そこに日本の衰退があるのではないかと怪しんでいる。

東日本大震災で海水を被った田んぼを国の予算を使って整備して耕作できるようにしている。しかし、元通りのおいしい米を作る為の土壌改良や水の改良などの話は聞かない。農業従事者が少なくなっているから大規模化を図り、少ない農業従事者でいかに生産量を維持するかに目を向けている。どんな米でもできれば良いということなのだろう。

山形県産の「つや姫」であろうが宮城県産「ササニシキ」であろうが、生産量ではない。米のプレミアム化は、生産者のおいしい米造りの努力と、消費者側の炊飯技術が表裏一体として成り立つもの。生産者も消費者も頭を使って工夫しなければいずれ「おまんまの食い上げ」になるに違いない。
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